アダムとイブの昔より
 


     7



綺麗なお姉さんと化していた太宰から呼び出され、
そのまま女性用の下着専門店への同行を迫られて。
もうお婿には行けないと泣き真似をし、
馬鹿だな手前は俺が貰ってやっから案じるなと中也が言い諭すところまで
所謂 テンプレな一通りを演じた敦が陣容に加わっての さて。

 「太宰さんが何者から狙われているんですって?」

道すがらに簡単な説明は受けたらしく、一からの解説は要らなんだが、
それでも信じがたかったか、この場に居合わせた芥川や中也へ確認をとるよに訊き直した敦であり。
そんな少年へ、表情を曇らせ、是と頷いた面々なのへ、
打ちひしがれたよに敦までもが“そんなぁ…”と声もないまま呆然とする。
先程までの考察でも、
相手が誰なのかは…候補があまりにも多すぎて、
覚えているだけに限ってもどれかに絞り込むことは出来なかったが、

 「すぐに解ける異能だから、早く決着をつけたいに違いない。」

と、相変わらず太宰は主張しており。
だからこそ、一人でいるだろう時間帯は避けたのだと指摘する。
ますは様子見だと構えられ、引き籠もることでやり過ごされては、
携帯端末で仕掛けただけに居場所も判らぬままにタイムアップして仕舞おう。
なので、此処に居るとはっきり断定出来る場所であり、尚且つ、
異常なことが起きているぞと
他でもない本人へいち早く気づかせなくてはならぬための、誰か目撃者が要ったのだ。

「…気がつかないもんですか?自分で。」

例えばあのそのトイレに入ってあれ?とかと、敦が控えめな例えを出したが、

「このずぼら野郎なら人に言われるまでってのも有り得るかもな。」
「うるさいよ、中也

まあ相手のお膳立てなのだし、半日ほど眠り続けられても困るだろう?と、
やっぱりずぼらなことの証明を自分で持ち出した太宰だったのへは、

「だとしたら、相当観察されてたってことになるな、手前。」
「だよねぇ。」

そうと言われた見解へはムキにもならず、

「芥川くんたら無理には起こさないしね。」

自宅でもないというに甘やかされてる一端を自分から明らかにし。
ふふーというまろやかな笑みを、
今は視線の高さがあまり変わらなくなった家主の青年へと向ける。

 「探偵社の予定までは、掴んでおりませぬゆえ…。//////」

甘やかしへの指摘へか、それとも女性となった太宰の柔らかな笑みにたじろいだからか、
やや戸惑いを含んだ言いようを返す黒の青年の微笑ましさへと、
残りの顔ぶれが苦笑したところで、

「ついでに言うと、だからこそすぐさま、
 今日中にも次の手を畳みかけても来るだろうね。」

と、いやな予言も付け足す太宰だったのへは、
そこは荒事専門のマフィア組、中也や芥川が
おおうと揃って眉を寄せ、表情を険しくしかかったものの、

 「でも、」

畳みかけて来るという危機予測へは同じように眉をひそめながら、
それでも “でも”という異を口にしたのは、白虎の少年で。曰く、

 「もしかして物凄い力の持ち主かも知れないという危険はないんですか?」

こたびの事態への解説のあちこちで、大した異能ではないと千度言い張る彼ではあるが、
そしてだからこそか、ややお気楽な表情やら風情やらを保ってもいるようで。
とはいえ、太宰が並べているのはあくまでも “可能性が高い”という前提にすぎぬ。
状況証拠から積み上げた予測でしかなく、
これがあの名探偵の発言ならすんなり信じも出来ようが、

 “何となれば 自分の身など放っておけ、見限れと持ってきそうな人の言うことだし。”

若しかして日頃の自殺未遂騒ぎも、
こうなった折に案じさせないようにするための
大掛かりで長期的な伏線かもと思えるほどに。
頭が良すぎ、且つ、そういう破滅的なことを自分へ限ってかざせる哀しい人なのだと、
此処に居合わせた顔ぶれは
それぞれがそれぞれなりの危地や窮地でこの御仁と居合わせたおかげさま、
多かれ少なかれそういう困った性分なのだという事実にうすうす気づいてもいる者ばかり。
しかも、この流れ。
太宰へと照準を絞っている攻勢なだけに、
本人がそう言って周囲へ案じさせずにいようと構えているのではないかなんて。
丸め込まれもしないまま、心に引っ掛かった不安要素を口にした敦だったようで。
だったらこんなところで最前線に立とうとなんかしないで、
それこそ武装探偵社へ避難したらいいのではと続けたかったらしかったが、

 「…おや。」

頭のいい人には基礎計算は要らぬから、そんな序盤の話を訊かれるとは思わなかったか、
いやいや、いやいや、もしかして。
このフラットへ辿り着く道すがらに現状を話したにもかかわらず、
敦が案じた点、巧妙にスルーしたつもりが素直な彼へは誤魔化しきれなんだと察したか。
ちょっとばかり鼻白らんだような間が挟まってから、

 「あんまり買いかぶらないでおくれよ、敦くん。」

ふふと小さく、甘い何かを頬張ったみたいに、
その口許へ含羞みをたたえて笑った太宰嬢だったのが後の二人へも意外だったが、

「そうそう途轍もない異能を持つ者が、
 私一人へそうまで躍起になると思うのは色々な意味合いから無理がある。」

探偵社が邪魔だと思う者がいて、
そういや厄介な奴がいたなという順番で足止めしたくてっていうならともかく、

「十年一昔が、今や4,5年一昔って時代だ。
 そのくらい前に裏社会に居た男なんて、ただ今 絶賛 台頭中の連中からは、
 ロートルだから制裁も追っ手もないまま野放しになってるんだろうくらいにしか思われてはいないよ。」

だから、思わぬところから隠し玉を食らう恐れはないないと、
安心させるよに笑って見せ。それにネと続けたのが、

「携帯端末経由で仕掛けるなんて、今時の異能も進んだものだが、
 直接ではなく電子交換されているのだ、効果が何割か減っているのは当然のことでね。」

複写証書には実物ほどの権限がない…どころじゃあない、
単なる電気信号に書き換えられたものが、
生身の人間をそうそう縛っていられるはずがないと言い切った太宰は、
女性としてのちょっとほど柔らかい甘さの増した端正な顔に微笑みを滲ませ、

「現に、いつぞやとある案件で似たような媒体型の異能者と接触した。
 さっきキミらに話した、別件で掠めたちょっとしたネタってのがそれでね。」

変わった異能だと例に挙げ、
変わり種なんで一応異能特務課に報告だけはしたなんて言ってた話のことだろう。

「今回と似ていて、通信回線を通した格好で効力を成す異能だったけど、
 その折のはほんの数分であっさり解けてしまったしね。
 ああ、私がじゃあなくて相方だった谷崎くんが見舞われたんだが。」

その折のは場内放送を装ったトラップで、
追跡者だった彼らを足止めしようとしたらしく。
聞いてしまって術中にはまった谷崎へ、
別地点に回っていて駆けつけた太宰が触れても、それでは解除されなかったという。

「ちなみにどんな異能だったんですか?」
「ああ。足が地面に貼りついたように動かなくなっていた。」

追跡への妨害へは打ってつけの厭らしい異能だったよと、あっけらかんと笑った太宰で。
そ奴はその折捕まえ損ねたので、裏社会へダイブして息をひそめていることだろうと続けたが、
そこで “ンン?”と自身で怪訝そうに小首をかしげてから、

 「ああ、もしかして同じ輩が、
  その時の私との因縁を辿った手合いに炙り出されて、
  今回引っ張り出されたのかもしれないねぇ。」

そかー、全くの同じ相手かもというのは思いつけなんだなぁと、
自分への奇禍を分析中だのに、
何度も頷き“うんうん”と唸るところがらしいっちゃらしかったが。

「え? でも、太宰さんがこうむったのは…。」

そのような足止めなんて異能じゃなくてと言いかかった敦だったのへ、
皆まで言うなと察しを告げてのこと、

「うんうん。だから、媒体役の人物が、だよ。」

誰か他者の生身から放たれる異能を
電子回線への入り口となる端末へ信号化して入力出来、
それを受け取った相手へ強制的に働かせるという、仲介役的な異能。

「国木田くんの“独歩吟客”のように直筆の書き付けや素描、
 あるいは、百歩ゆずって写真に異能力を宿らせることは可能かもしれないが、
 電子機器経由というのは随分と特殊だ。」

電子網の迷路へ意識をすべり込ませて辿ったり、接続先の機器を操ったりが出来る異能者は、
例えば田山花袋のように居るこた居るし、
もしかして電話で語りかけ、
異能を仕掛けることが出来るなんていう輩も探せばいるかもしれないが、

「昔々のアナログ電波でならいざ知らず、今の完全にデジタル変換されてる代物ではね。
 1と0とに整合するため、無理から削った微妙繊細な部分が足りなけりゃあ、
 大元の形や強さで伝わらないものもあるってことさ。」

印刷の世界ではもっと前から言われていたし、美術館の目録なんぞで気づいた人も多かろう。
印象派の絵画なぞ、実物は人の肌色や髪の流れは言うに及ばず
硝子やビロウドなども質感がいかにもリアルで感銘を受けるが、
そんな名画も図録に収められてしまうと精密な“写真”止まりにしか再現出来ぬ。
何色刷りとかいう印刷上の色彩の解析が限界だからだ。
どれほど精巧な複写機や技術が現れても、現物で受けた感銘を越えるのはなかなか難しかろう。

「よって、本人の異能じゃあないなら尚のこと、
 変換されてという媒体経由となる以上、威力はかなり削られるとみていいさ。」

谷崎が足止めされたのが数分だったのは、変換されたのが雑魚の異能だったからだとして、
朝一番から今の今までまだ解けぬとなると、結構強い異能者の力を変換したらしいものの、

「同じ手では もはや仕掛けては来ないだろうしね。」

こっちだって警戒するし、それは向こうも察知していようから、
液晶へ番号の羅列を送り込む格好の、異能無効化の方は通用しないと見越してようし。
これだけの下調べをこなせていた輩が首尾を見届けないはずはないから、

「それこそ盗聴か、
 若しくはどこかのビルから覗くというストーカー行為かで
 現状把握はしてるんじゃないかな?」

ふふんと いかにもなしたり顔で笑った太宰嬢へ、

「そこまで判ってて放置してんのは平仄が合わねえぞ。」

と、こちらは胡散臭そうに眉を立てて中也が言えば、

「今更 外してもね。
 つか大騒ぎの様相を聞いた時点で もはや用済みと、今は聞いてもないんじゃないかな?」

そこでにんまり笑ったのは、男であるときに たまに見せてた強かそうな“悪い顔”であり。
やれやれ性根までは変わっとらんなと、せめてもの厭味のように言い放った中也へ
何だよそれと唇尖らせたのは せめてものご愛嬌か。

「とりあえず、中也には裏情報を手繰ってほしい。
 こんなふざけた媒介異能なんて使う奴、やっぱ野放しにはできないからね。」

「まあな。効果が切れたと また繰り返されるのも厄介だし。
 だが、本人まで辿り着くには何日かかかるのは勘弁しな。」

言いつつソファーから立ち上がり、手套のままちょちょいと指を振って敦を誘う。

「追っ掛けるのには二人がかりが良いから、敦は俺に付き合え。」
「はい。」

建物に逃げ込まれた場合、片やが裏口を押さえるのは常套だ。
探偵社の仕事でそんな基本は敦も知っており、頑張りますと真摯に応じてから。

「では。あ、でも本当に窮地に立ったら応援として呼んでくださいよ?」

まだ心配か、敦が玄関まで向かいかかった脚を留め、
肩越しに振り返りがてら、そんな風に太宰へ告げれば、

「とんだ杞憂だ、人虎。
 僕がついているのだ、案ずることはない。」

澄まし顔で芥川がぴしゃりと言い放つ。
常に自信に満ちている兄様なのは今更だし、太宰の身辺にかかわることだけに尚更で。
鼻先間近でパンと手を打たれたような感触へか、ちょっとは憤慨してだろう、
悪口の代わりのようにイーと綺麗な歯並び見せてから、
だが、すぐにも笑って 任せたと言い返す敦だったところは、余計な含みもなくて目映いほどに廉直で。
さあ いよいよこちらからの反撃も開始だとばかり、
斥候だが索敵班だかを送り出してのさてさてと、

 「さて。それじゃあこちらは、いつ何が起きてもいいように武装を整えますかね。」

玄関のドアが閉じたのと同時、そのドアのすぐそば、
靴やカート類、冬ならコートなどなどを納める小部屋、
玄関クロークだろう扉を押し開けた太宰だったのへ、

 「あ……。」

何か言いかけたが持ち上げた手を所在なさげに浮かせたままの芥川へ、
半身だけ振り返った太宰は朗らかに笑う。

 「君には無用な装備だってのは判ってるよ、
  ああ、そんな言い訳するつもりじゃなかったかい?
  それともポートマフィアの備品だからむやみやたらと触るなと?」

そうと言いつつ太宰がよいしょっと両手掛かりで引きずり出したのは、結構大型のトランクで。
台車のコマ付きでも相当に重いらしく、ずんと細くなった太宰の腕ではかなり大変らしかったそれ、
似たよな細さでもそこは男で戦闘専任の芥川には造作もないか、
伸ばされた手がかかるとあっさり動いてリビングまでを運ばれる。
間近いハロウィンの出し物に使われそうな、とある棺のようにも見えなくはない、
何とも不愛想で殺風景な作りの大きな金属製のトランクは、
芥川がポケットから取り出したキーケースの中に収まっていた、
小さなUSBフラシュメモリを突きさすと、
かちりと音を立てて解錠され、
中に入っていたブツが黒光りする肢体を晒す。
自動小銃からライフルに手榴弾、拳銃も大小各種、弾丸の方も各種豊富に。
簡易のトラップ付き地雷や閃光弾に、小型ながらバズーカ砲も用意されていて。

「此処がセーフハウス扱いにはならないだろうけれど、
 それでも…異能を持たない者が駆け込んできたら貸せるよう、
 一式が収めてあるんだろう?」

この青年は首領直轄の遊撃隊の隊長だから、
真剣本気の有事が起きた時であれ、勅諭が飛んで来て初めて動く身であり、
しかもその異能の火力の凄まじさがあてにされているのだ、
儘が利くよう身軽であることが最優先され、自宅へまでこのような装備を抱え込む必要はない。
それでも用意があったのは、実働組織の“黒蜥蜴”に妹がいる関係から彼らを用いる機会が多く、
まさかとは思うが万が一、
手持ちの装備が足りなんだ折の補充用に、武器庫という役割をここに持たせたらしく。

 「悪いけど銃を少々借り出させてもらうよ。
  森さんへは私名義で始末書を提出させてもらうから。」

ふふんと再びのしたり顔を見せ、扱いやすそうな銃をさっそく幾つか手に散る太宰で。
探偵社でも使わぬではなかろうながら、それでも今の彼には縁遠いはずのもの。
ましてや、今の彼はその手もやや小さく華奢になっており、
武骨で冷たく、他でもない人を損なう装備らが、それ自体毒を浸した危険物にさえ見えて。

 「…太宰さん。」
 「んー?」

長くしまってあったのならば、なめらかに作動しないかも知れぬと、
トリガーシステムや薬莢のエジェクターの連動などを手慣れた様子でてきぱき確認している姿は、
場慣れした蓄積あっての、ともすりゃ絵になるほど様になってはいたけれど。

 「…守ります。」

静かに落とされた一言には、何かの作業っぽく動いていたその手がふと止まり、
ゆっくりと顔が上がっての、すぐ間近にいた青年の方へ、
鳶色の、やや丸みが増した双眸が向けられて。
何を言い出すかなと吹き出すでなく、はたまた奢るのではないよと窘めるのでもなく、

  呆気にとられたような、ぽかんとした顔が、
  結構緊迫しているはずなのに、場違いなほどの間合いで晒されて

何でそうまで驚いたのか、少なくとも思ってもみなかった言ではあったらしく。
そして、太宰が返したのは、

 「…うん。」

ふっと力を抜いた、あの虎の少年がよく見せるような、
それは飾りっ気のない、率直で柔らかな笑顔とそんな一言で。
リビングの一角、秋の陽が柿色を滲ませたまま
そろそろ昼だと差し込んできかかったそんなしじまへ、

 「…っ!」

ハッとしたのはほぼ同時。
まだ見えない予兆のような気配を肌でか視野にか感じた二人、
片やは慣れないスカートの下でそれでも膝を折っての腰を固めて銃を身構え、
もう片やはソファーに脱ぎおいてあった太宰の外套を手に掴むと、窓へ向けて視線をぎゅうと強く眇める。
それぞれの体勢が整ったのとほぼ同時、

  ばりばりばり、とも
  がしゃんばしゃばしゃ、とも

どちらとも取れそうな破壊の大音響が彼らを包み込むよに轟いて。
マンションのすぐ外を車が行き交う、街道へ向いた大窓を一気に蹴散らしたのは、
彼らには慣れのある機銃掃射による連続銃撃に他ならぬ。
弾倉帯使用か、結構長々と続いた弾幕は、だが、
咄嗟に砂色の外套で紡がれた“羅生門”が余さず食いつくしたので、
それが楯になって庇われた住人二人には掠りもせずではあったれど。

  Trrrrrrrr,Trrrrrrrr、と

それと同時にローテーブルに置かれたままだった太宰の携帯が着信を告げる。
もう大丈夫だろうと言いはしたが、それでも少しは気後れしておれば、

 【そんなところに隠れて居ては、何の関係もない一般市民に塁が及ぶよ?
  軍警の狗だろう武装探偵社の探偵さん?】

そのような操作を外部から致したらしく、
入電したそのまま勝手に回線が開かれて、しかもオープントーク状態となった携帯から、
いかにも上からという文言があふれ出す。
今回の通話には例のややこしい異能は乗っかってないようで、

 【こちらとて、無辜の市民をも手に掛けたいわけじゃあない。
  貴様だけ損なえば溜飲も下がる。】

なので、○○番埠頭へ来よと、要求だけ述べて切った相手は、
やはりどこの誰という思い当たりのない、強いて言えば割と若い男の声だった。





 to be continued. (17.10.08.〜)





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 *相変わらずややこしい仕立てです、すいません。
  ちょっとした仕掛けを仕込んだはいいのですが、本人からして振り回されていて、
  あとあと辻褄が合わないかもどうしよう…。
  とりあえず、そうは見えませんが窮地にある太宰さんは
  やつがれくんが守る所存なようです。